樫田美雄1)
1) 摂南大学 現代社会学部
医療コミュニケーションにおける「文脈」の重要性を指摘したい.21 世紀には「医療的文脈」のオールマイティー さが失われている.近年は,「患者当事者側が提起する文脈」の重要性が増している. 本論文では, この主張に必要な理論装置として,コミュニケーションにおける2 つのイメージ(「伝達・信号イメ ージと共有・理解イメージ」)を解説する.これら2 つのイメージは,1 つのモデルに対する2 つのイメージだ. 上述の議論を前提に,「コミュニケーションの速さと深さ」に関して, 二項対立的でない可能性があることに注意喚 起を行う. すなわち, もし, 「深さ」というものが, 非日常的理解に至ることで達成されるものならば, そこには「速 さ」とのトレードオフ関係を想定する必要がないことを, 岡田光弘(2017)の「レントゲン」の読影に関する議論を もとに主張する.これは, 専門家間コミュニケーションが早くて深いものである可能性があるという主張であると同 時に,「深い」コミュニケーションが「伝達・信号イメージ」の中でも可能であるという主張だ. 二つ目の事例として,理解の共有が一見成立していないように見えるコミュニケーションを扱う.しかし,そのコ ミュニケーションは最終的には理解の共有に至っていた.この事例は患者主導のものだったが,このような「非日常 的コミュニケーション」にも対応していくことが,今後の医療者には必要なのかも知れない. 本論文は,医療コミュニケーションに関する試論的議論だが,コミュニケーションに関して,実験的に現実から学 ぶような研究/研修プログラムが有用だろうという示唆をも同時に行った.続けての議論の蓄積を図っていきたい.
宮地純一郎1)2)
1) 名古屋大学 総合医学教育センター
2) 医療法人 北海道家庭医療学センター
医療におけるコミュニケーションにおいて、医療者・患者間のコミュニケーションと同等に比重が大きいのが医療 者間のコミュニケーションである。本稿ではその中でも、医療現場において個別の患者について複数の医療職が話題 にする場面、特に「事例検討」を取り上げる。 医療において、患者の体内で起こる生物的現象である疾患(Disease)と患者が人生・生活の中で経験する病い(Illness) という対比は古いながらもしばしば持ち出される。それに呼応するかのように、医療者患者間のコミュニケーション には、患者の診断・ケア・治療にまつわる医学的情報の伝達の側面と、患者との間で形作られる意味付けの側面が対 比されることがある。本稿では、それぞれに着目した捉え方を「情報伝達モデル」と「意味形成モデル」と名付ける。 そして、医療者同士のコミュニケーションや「事例検討」が「情報伝達モデル」に偏っている点を指摘した上で、「意 味形成モデル」の重要性を述べる。更に「意味形成モデル」に基づいた事例検討の可能性を模索するために、複数で の検討として筆者が経験してきた人類学者との症例検討会であるCollaborative Clinical Case Conference (CCCC)モ デルを、一対一での検討としてConversations Inviting Change を紹介する。最後に、「意味形成モデル」を踏まえた多 様な事例検討のあり方を模索する上で、「事例」の捉え方と「問い」の役割について考察する。
大西弘高1)
1) 東京大学医学系研究科医学教育国際研究センター医学教育国際協力学
本稿は、臨床推論を診断推論に留めている現状から「患者の訴えを起点に、問題解決やケア・支援に至る一連の 推論」へと再定義し、その多層的構造と教育的意義を考察するものである。本来、患者が何らかの症状を訴えて 医療者に助けを求めるとき、その症状の原因を知るだけでなく、症状が何らかの解決をみて初めて目標を達成で きる。診断後の推論過程を「治療・マネジメント推論」と位置づけ、それが診断推論と同様に認知的かつ対話的 な構造を持つことを示す。さらに、臨床推論を①介入対象の同定、②介入内容の決定、③介入と評価の過程とい う三層に整理したTLC モデルを提唱し、診断から介入までの推論過程を可視化・構造化した。この枠組みは医 師以外の医療専門職にも共有可能である。例示された症例では、診断確定後にセルフケア能力の強化や親との関 係性を含む共同意思決定を通じて、治療・マネジメント推論が実践されており、単なる診断にとどまらない多面 的支援の重要性が示された。本稿は、臨床推論を「知識と対話と文脈理解が交差する総合的実践」として捉え直 し、今後の教育・実践・理論の発展に貢献する視座を提示するものである。
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