大野 直子1) 、濱井 妙子2)
1) 順天堂大学
2) 静岡県立大学
本稿では、グローバル化の進展に伴い需要が高まる医療通訳に焦点を当て、医療通訳者に求められるコミュニケーション能力の特質と、その専門性の在り方について検討することを目的とした。 先行研究および質的分析の結果、医療通訳において重視される能力は、単なる言語的正確性の確保にとどまらず、「理解」と「関係性」を基盤とする対人的・文化的調整能力であることが示唆された。 医療通訳者は、患者と医療従事者双方の視点を踏まえつつ、状況に応じて介入の程度を柔軟に調整し、相互理解を促進する役割を担っている。 また、医療従事者は医療知識や診療文脈の理解を重視する 一方で、医療通訳者自身は共感性や当事者意識を重視する傾向が認められた。この差異は、役割認識の共有および連携体制の強化が必要であることを示している。 今後は、能力構造の体系化と評価指標の整備、さらに教育研修体制の充実を図るとともに、医療通訳者をチーム医療の一員として制度的に位置づけることが求められる。
森田 直美1)
1)東京大学
本稿は、第4回日本医療通訳学会学術集会シンポジウムにおける発表内容を基盤とし、医療通訳者のコミュニケーション行為を職業倫理規範および相互行為論の視点から再検討する総説である。 医療通訳は従来、発話内容を正確に伝達する「導管( conduit)」として理解されてきた。しかし先行研究、医療通訳の倫理規定、および著者の学位研究における既存データの検討から、 通訳者は単なる言語変換者ではなく、医師・患者・通訳者の三者による参与構造の中で相互行為を調整する参与者であることが示唆された。 とりわけ、日本語から英語への通訳において不可避となる主語補完や人称代名詞の選択、話法の使い方は、責任帰属や対人距離の形成に影響を与え、会話の参与構造を調整する実践となる。 本稿では、「正確性」「中立性」「透明性」の倫理概念を整理するとともに、参与構造の視点から医療通訳実践を理論的に再考する。 さらに、医療通訳者の専門性を 、倫理規範の制約の中で相互行為を維持・調整する「訳出力」と「メタ認知(自己モニタリング力)」の統合として捉え、今後の実証研究および教育への示唆を提示する。
吉富 志津代1)2)
1) 武庫川女子大学心理・社会福祉学部
2) NPO法人多言語センター FACIL
医療通訳がまだ制度になっていない日本の状況において、多くの医療通訳者は、有償あるいは無償のボランティアとして協力をしている。 それをコーディネートするのは、非営利の組織が多い。その一つとして、兵庫県で医療通訳制度構築に向けてモデル事業を 20年続けている NPO法人多言語センター FACILの事例を通して、 医療通訳のコミュニケーションの課題を考える。 患者と医療従事者の間に入ることになる医療通訳者の手配をコーディネートするということは、まず医療通訳者が関わるすべてのアクターとのコミュニケーションを 円滑に取るという状況を作るのがコーディネーターの役割である。 今回は、医療従事者と医療通訳者と患者の 3者におけるコミュニケーションについて、具体的な事例を示しながら課題を述べる。
押味 貴之1)
1)国際医療福祉大学医学部 医学教育統括センター
外国人患者の受診機会が増加する中、医療現場では言語の違いだけでなく、文化的背景や医療制度の差異に起因する「理解の壁」が臨床上の重要な課題となっている。 医療通訳の目的は、医療者と患者のコミュニケーションにおける言語・文化・医療制度・医療知識に関する障壁を可能な限り取り除き、双方が相互理解に到達できるよう支援することにある。 本稿では、医療通訳研究における理論的枠組みを踏まえつつ、医療者の臨床実践の視点から医療通訳者に求められるコミュニケーション能力について考察する。 医療通訳には、言語を媒介する役割、理解を確認する役割、文化を仲介する役割が求められるが、医療者の関心は最終的に診療の質 と安全性をいかに担保するかに集約される。 本稿ではその観点から、医療通訳者に求められる能力として、①正確性・完全性、②対話を成立させる通訳、③文化的仲介の三点を提示する。 これらは診断や治療に必要な情報の正確な共有、患者の理解と意思決定の支援、文化的差異に起因する誤解の調整を通じて、医療者と患者の相互理解を支える基盤的能力である。 医療通訳者を医療対話を成立させる専門職として位置づけ、医療者と協働して診療に関与することが、多文化医療における診療の質と安全性を高める上で重要である。
川内 規会1)
1)青森県立保健大学
「医療者が必要とするコミュニケーション教育」と「医療通訳者が必要とするコミュニケーション教育」は、どちらも医療現場で必要とされる力であり、柔軟なものの見方と対応能力を育てる教育と言える。 しかし医療通訳育成の講義内容と医療者を目指す大学生対象の講義内容では、コミュニケーション概念の基盤は共通しているものの、自己と他者とのコミュニケーション構造や捉え方、 または現場で理解すべきことや想定して欲しいことは異なっている。 医療者が患者からの情報を受け取り、医療情報を生成 しわかりやすく理解させる力が必要になる一方で、医療通訳者は医療情報の再生、再構築が必要となり、 正しい解釈と正確に理解させることができたという結果を出す力が必要となる。 医療者を目指す大学生への講義の到達目標と、医療通訳者を目指す学習者への講義の到達目標の共通点・相違点を示しながら、漠然とした「コミュニケーション」という言葉の持つ意味合いを具体的に示していく。 また、医療通訳者に期待するコミュニケーションという概念のとらえ方を再考する。
服部 しのぶ1)
1)鈴鹿医療科学大学
医療通訳育成カリキュラム基準によれば、医療通訳者の役割は、医療・保健分野において、対話者間の言葉の橋渡しと異文化間の橋渡し、とまとめられる。 これを受けて、育成カリキュラムでは、医療通訳者のコミュニケーション力として、対患者や患者と医療従事者間の関係とコミュニケーション、 健康や医療面でのコミュニケーションに関する文化的・社会的違い、医療通訳者の文化仲介について学習することになっている。 これらの内容が、愛知県が主催する医療通訳者育成研修においてどのように指導されているか、また、医療通訳者のコミュニケーションにつ いて何が期待されているのか、を教育者の立場から述べる。
Copyright © Japan Society for Healthcare Interpreting Studies