香川由美1)
1) 岩手医科 大学 教養教育センター人間科学科心理学・行動科学分野
「相手の身になれるか」という問いは、医療・教育・社会の場で繰り返し語られる重要なテーマである。 本稿は、「相手の身になる」とは何かという問いを、筆者自身の病の体験を起点に、哲学・科学・ストーリーテリングの三つの視点から検討する。 哲学の視点では、他者は「絶対的に未知な存在」であり、「相手と同じになる」という意味での共感は不可能だが、その限界を自覚することが理解の出発点となる。 科学の視点では、empathyとsympathyの区別や変容的学習の議論を通じて、共感とは認知的スキルにとどまらず、自らの前提が揺さぶられる変容の過程を含むことを論じる。 さらにナラティブ・メディスンの視点から、医療には科学的根拠とナラティブ(語りと物語)の両輪が必要であると論じる。 患者と医療者の対話を通じて、患者が自らの経験を物語として語る行為(ストーリーテリング)が、相互のやり取りの中で新たな意味づけを生み出していく意義を考察する。 「相手の身になる」価値を、相互の変容を伴う対話の過程に見いだす視点を提案し、ヘルスコミュニケーションの実践と研究における重要性を示す。
八巻知香子1)、平英司 2)、岩隈美穂 3)、甲斐更紗 1)、中山富雄 4)
1) 国立がん研究センターがん対策研究所がん情報提供部
2) 国立民族学博物館人類基礎理論研究部
3) 京都大学大学院医学研究科社会健康医学系専攻医学コミュニケーション学講座
4) 国立がん研究センターがん対策研究所検診研究部
障害のある人が健康・医療サービスに不利なくアクセスできる環境をつくるべきだという理念は、国際連合の障害者の権利条約や、 障害者差別解消法に示された「合理的配慮」の概念、がん対策推進基本計画が掲げる「誰一人取り残さないがん対策」などにも反映されてきている。 しかし、障害のある人や情報の届きにくい人が、必要な医療情報を得て医療やがん検診にアクセスするうえでは、依然として多くの障壁がある。 本稿では、障害学の障害の社会モデルを紹介するとともに、言語的マイノリティであるろう者・難聴者に第一言語でがんの情報を提供しようとする試み、 がん検診について関係者・障害当事者に行ったインタビューの結果を示し、ヘルスコミュニケーションの観点から現状の課題と求められる取組を整理した。 医療者の意識向上とコミュニケーションスキルの強化、受け手に届く情報資材の開発、制度面の支援を含め、障害のある人が不利なく医療・検診にアクセスできる環境整備が求められる。
加藤美生 1)、小川留奈 2)、山本朋範 1)、安村誠司 3)
1) 国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所感染症危機管理研究センター
2) 帝京大学大学院公衆衛生学研究科
3) 福島県立医科大学放射線医学県民健康管理センター
リスクコミュニケーションとコミュニティエンゲージメント(RCCE)は、健康危機対応において信頼を基盤とする協働を促進する枠組みである。 本シンポジウムでは、RCCEの国際的発展を俯瞰し、行動科学と情報科学の統合による新たな潮流を検討した。 続いて、健康危機時に配慮を要する人々への包括的支援として、地域ネットワーク(COIN)を活用した情報共有と共創の実践を紹介した。 さらに、感染症対策における当事者・行政・研究者の協働事例を通じ、継続的対話の重要性を確認した。 討議では、RCCEの基盤として相互作用性、共接性、適応性、持続性の四原理が抽出され、RCCEを単なる危機対応技術から社会的レジリエンスを育む文化的実践へと再定義する視座が示された。 信頼を媒介する関係構築こそ、持続可能な健康危機管理の核心であると共有された。
濱井妙子1)、永田文子2)、大野直子3)、西川浩昭4)、東野定律5)
1) 静岡県立大学看護学部
2) 淑徳大学看護栄養学部
3) 順天堂大学国際教養学部
4) 聖隷クリストファー大学看護学部
5) 静岡県立大学経営情報学部
目的:アドホック通訳者による通訳変更の関連要因、通訳変更の原因となる行動の特徴とその影響を明らかにする。
方法:ブラジル人患者が同伴した通訳者が介在した外来診療の録音データを事例研究型混合研究法で分析した。
量的には通訳者が元の発言を変更して訳出した単語やフレーズ(通訳変更)をコード化し、その種類と発生頻度、関連要因を評価した。
質的には通訳変更が行われた文脈における通訳行動の特徴とその影響について分析した。
結果:診療13件において、通訳変更の原因となる行動の特徴は診療中に通訳以外の役割を担う〔役割交替行動〕であった。
その中で、【通訳者が医師(または、患者)と対話する】、かつ、患者・医師・通訳者の3者間コミュニケーション相互作用が機能しない場合は、
通訳変更のネガティブな「省略」「自発的発言」「言い換え」が多く、ポジティブな「自発的発言」が少なかった。
そのため、通訳の透明性が確保されず、臨床上重大な通訳ミスが明らかにならないまま診療が終了した事例があった。
結論:医療者は患者が通訳者を同伴した時は、患者と通訳者の背景や行動を注意深く観察し、有害な通訳変更や役割交替行動の兆候を探る必要がある。
片山晋1)、市川直人2)、河口信夫1)2)、髙橋愛海3)、 中澤仁4)、米澤拓郎2)、杉本なおみ5)
1) 名古屋大学未来社会創造機構
2) 名古屋大学大学院工学研究科
3) 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科
4) 慶應義塾大学環境情報学部
5) 慶應義塾大学看護医療学部
社会的孤立・孤独は心身の健康に重大な悪影響を及ぼす重要な社会問題であり、早期の予防や解消に向けたヘルスマーケティング戦略が求められる。 その一助として、本研究では体組成計から得られる測定データと大規模言語モデルを組み合わせた地域活動団体推薦システムを開発した。 神奈川県中郡大磯町における実用化を想定し、自治体による公開資料に基づき構築した地域活動団体リストを活用して、個人の体組成データに基づく地域活動団体の推薦を実現した。 仮想利用者データを用いた検証においては、体組成データに基づく地域活動団体の推薦が可能であることが確認され、社会的孤立・孤独の解消や新たな交流機会の創出に寄与する可能性が示された。 一方で、推薦内容が体組成データに偏ることや、医学的根拠や個人の趣味・嗜好を十分に反映できないこと、 また推薦内容が大規模言語モデルのバージョンやプロンプト設計に依存することなどの課題も明らかになった。 今後は、医療・福祉の専門家による監修を取り入れ、信頼性の向上と利用者の多様なニーズを反映したシステム設計が求められる。
齋藤結衣1)、酒井良子1)、赤沢学1)
1) 明治薬科大学
膠原病は寛解と増悪を繰り返す慢性疾患であり、患者と医療従事者間で検査等の客観的データと患者の主観的症状の共有は不可欠である。 しかし両者の間にはコミュニケーション・ギャップが存在し治療目標の共有が困難になっている。 特にAdolescent and Young Adult(AYA)世代は成熟度に個人差があることや、ライフイベントの不安が大きいことから、より個別かつ包括的な支援が求められている。 そこで本研究は、AYA世代膠原病患者の「セルフケアとコーピング」及び「意思決定や自己効力感に影響する要因」に関連する文献調査により、治療目標共有に向けた患者と医療従事者の役割を考察した。 検索用語を「結合組織疾患OR膠原病ORリウマチ性疾患OR自己免疫疾患」「自己管理ORセルフケア」「コーピングORストレス対処法」「意思決定」「自己効力」として医学中央雑誌WEB版とGoogle Scholarを用いて検索した。 18件の文献を分析した結果、セルフケアとコーピングついて2カテゴリー、意思決定と自己効力感に影響する要因について3カテゴリーが抽出された。 両者の役割を通じて、患者の価値観と治療に対する意向を明確にすることで、患者個別の治療目標の共有に繋げることが重要である。
穴沢良子1)
1) 東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学教室
本研究では、精神科診療所による心療内科の標榜の現象を考察し、これが受診行動に及ぼす関連要因に焦点を当てた。
Google Scholar, PubMed等から関連文献を収集・整理し、約300件の文献をスクリーニングし、スティグマ、ラベリング、メンタルヘルスリテラシー(MHL)の観点からのレビューにより、主要な3パターンが明らかになった。
①「心療内科」の使用は、ラベリング戦略としてスティグマによる精神科受診の心理的障壁を低減し、アクセスが容易な入り口として機能すると思われる。
②人々のMHLが不十分な場合、診療所の診療範囲と機能に関連して、「心療内科=軽症」「精神科=重症」という誤解を招き、不適切な期待や受診行動が形成されることがある。
③心療内科の標榜は、精神科へのアクセスを向上させる可能性があるが、精神疾患を取り巻く社会的スティグマを解消するものではない。
レビュー結果は、診療科名自体には意義があるといえるものの、MHLの促進とスティグマ軽減のためには、的を絞った情報発信と戦略的なヘルスコミュニケーションが不可欠であることを示した。
今後の研究では、この標榜科名が人々の認識、受診行動、健康アウトカムに与える影響について実証的に検証する必要がある。
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