日本ヘルスリテラシー学会雑誌
第4巻 第1号

健康行動の変容を促す「ナッジ×ヘルスリテラシー」:
情報発信側に求められるヘルスリテラシー

石川ひろの

帝京大学 大学院公衆衛生学研究科

健康医療情報 の発信や コミュニケーションの あり方 は 、健康の社会的決定要因( Social Determinants of Health: SDH である との指摘 が 、特に COVID-19パンデミック以降、 聞かれて きた。米国の Healthy People 2030では、 Healthy People 2010以来長く引用されてきたヘルスリテラシーの定義を更新し、個人が自分や他者のために、健康に関する意思決 定や行動に役立つ情報やサービスを見つけ、理解し、評価し、活用する能力としての個人のヘルスリテラシーと、そ れを公平に可能にする組織や環境、仕組みとしての組織のヘルスリテラシーを分けて定義した。 そ こでは、最も困難 な状況にある人々のヘルスリテラシーを向上させることと、健康医療情報や保健医療システムの複雑さを軽減するこ とによって組織のヘルスリテラシーを向上させることに焦点を当てている。健康医療情報を発信する側の スキルや情 報発信のあり方は、組織のヘルスリテラシーの重要な要素である。ヘルスリテラシーの問題が、「情報の受け手のス キル・能力」だけではなく、「提供される情報やサービスの分かりにくさ・複雑さ」との関係で生じていることはこ れまでも多く指摘されてきたが、組織のヘルスリテラシーに関する議論は、問題解決のための介入の視点を情報の利 用者から提供者側にも向けていく後押しとなっている。「対象者が利用しやすく、理解しやすく、行動しやすい、確 かで信頼できる情報を届ける」ことはヘルスコミュニケーションの重要な目標であり、そのため に、情報へのアクセ スを容易にする、分かりやすく情報を提供する、信頼できる正確な情報を提供する、意思決定を支援することは、情 報発信側のヘルスリテラシーに深く関係する。 本稿では、 このプロセスにおけるナッジ理論とのつながりを考えると ともに、組織のヘルスリテラシーに関するこれまでの議論や研究から、情報発信側に求められるヘルスリテラシーに ついて検討したい。

健康行動を後押しする「ナッジ」

竹林正樹1)2)

1)青森大学
2)青森県立保健大学

多くの人は認知バイアスに影響されるため 、 健康の大切さを理解していても行動を先送り する傾向が見られる 。こ のような人たち への 健康支援手法 の1つに ナッジ 選択を禁じることも 、 経済的なインセンティブを大きく変えるこ ともなく 、 人々の行動を予測可能な形で変える選択的アーキテクチャのあらゆる要素 がある。 一方、 「ナッジは隠 匿的 で手の内を明かすと効果が消える 」「ナッジでは行動定着に繋がらない」 「ナッジは食行動には有効だが身体活動 には向いていない」 とい った 指摘 が見られる 。 これらの問題に対しては「ナッジ の透明化 」「ナッジと情報提供の組 み合わせによるヘルスリテラシー向上」 「ナッジを設計した健康アプリの開発」といった 解決 策が挙げられる 。

健康行動の変容を促す「ナッジ×ヘルスリテラシー」という視点

江口泰正

産業医科大学 産業保健学部 (2025年 3月まで)

健康行動の変容を促すためには、ナッジとヘルスリテラシー向上 と を 掛けわせる こと で、より効果的なアプローチ が可能となる 。 DXの進展により、 ICTや AIを活用して健康情報が容易に入手できるようになったが、誤情報も 少な くなく 、 情報を 批判的に評価するリテラシーの向上が 欠かせない 。ヘルスリテラシーは、情報の「アクセス」「理解」 「評価」「活用」の 4つの局面から構成され 、それぞれの局面で 異なる 能力が求められる 。ナッジは 「 活用 」 の局面 における 「意思決定」 や 「行動」に直接働きかける が、 受動的になると 自律的な 「評価」 の機会を失ったり、時に意 図しない 方向へ誘導され たりする リスクもある 。そのため、ヘルスリテラシー向上 、 特に 批判的 リテラシー の育成が 欠かせない 。 ヘルスリテラシーの向上には 健康教育 が必要となるが、これと 親和性の高い「ブースト」 に 注目 する 。 ブー ストには、 批判的思考の向上に 繋がる 「リスクリテラシーブースト」 や 、モチベーション の 向上 に繋がる 「モチ ベーションブースト」 など がある。 モチベーションを高く するには 、 「 楽しさ( Fun)」の要素 も 重要であり、 これを プラスすること で、より効果的な 行動変容 が 期待できる 。

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