日本ヘルスリテラシー学会誌
第5巻 第1号

デジタル・ヘルスリテラシーが注目される社会的背景

岡 浩一郎

早稲田大学 スポーツ科学学術院

デジタル技術の急速な発展は、健康情報の生成・流通・利用の構造を根本的に変容させている。 従来、健康情報は医療機関や行政、マスメディア等を通じて一方向的に提供されることが主であったが、インターネットおよびSNSの普及により、個人は情報の受信者であると同時に発信者ともなった。 さらに近年では、パーソナルヘルスレコード (PHR) や生成AIの活用が進展し、アルゴリズムが個人の健康データを解析し、行動提案やリスク予測を提示する段階へと移行している。 すなわち、健康情報環境は量的拡大のみならず、質的転換を遂げつつある。
しかしながら、情報アクセスの拡大は必ずしも適切な意思決定の保証を意味しない。 国内外の調査が示すように、インターネット利用率は世代を超えて上昇している一方、オンライン情報に対する信頼形成は十分とは言えず、偽・誤情報の拡散も顕在化している。 とりわけ、医療・健康領域は感情的関心が高く社会的影響も大きいことから、情報の真偽や解釈をめぐる問題が健康格差や社会的不安を増幅させる可能性を内包している。
このような状況において、ヘルスリテラシーの概念について再検討が求められている。 Nutbeam (2000) が提示した機能的 (functional)、相互作用的 (interactive)、批判的 (critical) の三点からなる ヘルスリテラシーの三層構造や、 Norman et al. (2006) によるeヘルスリテラシーの概念整理は、デジタル環境における情報理解と活用能力を理論化してきた。 しかしながら、AIが情報生成や意思決定支援を担うようになってきた現在の環境は、従来の「情報探索・評価」モデルを超え、 データ理解、アルゴリズムへの批判的視座、共同意思決定への参加能力を包含する新たな能力概念を要請している。
本総説では、日本における健康情報環境の実態と政策動向を踏まえつつ、デジタル社会およびAI時代においてデジタル・ヘルスリテラシーが注目される社会的背景について整理することを目的とした。 個人の能力向上という視点にとどまらず、健全な情報空間の形成という公共的課題との接続を含めて検討することで、 今後のヘルスコミュニケーション設計および健康づくり政策に果たすデジタル・ヘルスリテラシーの役割について考えてみたい。

デジタル・ヘルスリテラシーの評価

宮脇 梨奈

明治大学

本稿では、デジタル・ヘルスリテラシー(DHL)評価の考え方を整理し、その評価指標の特徴と活用可能性について概説した。 ヘルスリテラシーという概念の枠組みは普遍的であるが、その評価目的・内容・方法は、臨床、公衆衛生、政策等の文脈や領域、対象集団によって異なる。 デジタル化の進展に伴い、電子リソースからの健康情報の検索・抽出・理解・評価・活用に必要な能力として、DHLの重要性が高まっている。 当初は、情報収集・活用をする能力(Health 1.0)であるeヘルスリテラシーが重視され、その評価にはeHEALSが広く用いられてきた。 その後、情報発信や共有も容易になり双方向性にも対応した多様な能力(Health 2.0)が求められるようになった。 その評価指標として開発されたDigital Health Literacy Instrument(DHLI)は、操作、情報検索、情報の評価、ナビゲーション、コンテンツ投稿、プライバシー保護の6スキルを包括的に評価する点に特徴がある。 今後は、評価することにとどまらず、教育プログラムの開発や、制限がある層へ配慮したコミュニケーション等、具体的な対策へとつなげていくことが重要である。

国際学会からみたデジタルヘルスリテラシーの動向

福田 洋

順天堂大学大学院 医学研究科 先端予防医学・健康情報学講座

本稿では、ヘルスリテラシーに関連の深い、AHLA(アジアヘルスリテラシー学会)、IHLA(国際ヘルスリテラシー学会)、IUHPE(ヘルスプロモーション・健康教育国際会議)の参加インプレッションから ヘルスリテラシーの最新動向を概説する。 AHLA2024はデジタル時代のヘルスリテラシーがテーマであり、ヘルスケア分野におけるAIの展望と課題について議論された。 IHLA2024の基調講演ではデジタルヘルスリテラシーとAIが取り上げられた。 IUHPE2025は健康づくりのための場(setting)がテーマでHealth Literate Settingの概念が提唱された。自然と健康になれる学校、職場、地域づくりが重要であり、組織のヘルスリテラシーの概念にもつながる。 「健康経営」でもヘルスリテラシーの向上が認定基準の1つとなっており、これもHealth Literate Settingの1つと言える。動画による健康教育やICTを用いたヘルスリテラシー向上プログラム等の良好実践が蓄積されている。 専門家と市民のデジタルヘルスリテラシーの向上により、誰もがデジタルヘルスの技術を享受でき、その便益が最大化されることが期待される。

デジタル・バルネラブル・グループ(DVG)とデジタルヘルスリテラシー
:設計で格差を縮める実装フレーム

平尾 磨樹

大東文化大学 スポーツ・健康科学部 健康科学科/大東文化大学大学院 スポーツ・健康科学研究科 スポーツ・健康科学専攻

本総説は、日本ヘルスリテラシー学会学術大会2025シンポジウムでの講演内容を基に、デジタル・バルネラブル・グループ(DVG)に焦点を当て、 デジタルヘルスリテラシー(DHL)の研究動向・主要成果と課題を整理し、実装の観点から今後の展望を論じる。 アクセシビリティのみならず「判断の格差」に着目し、A-S-A-G(Access/Skills/Agency/Guardrails)の四本柱を束ねて同時に実装する枠組みを提示する。 落とし穴として、入会は容易だが解約は困難となる非対称な導線設計(いわゆるローチモーテル)を指摘し、クリックで解約(click-to-cancel)の原則を含む公平な設計への転換を提案する。 測定は、eヘルス・リテラシー尺度(eHEALS)、デジタル・ヘルス・リテラシー尺度(DHLI)、eヘルス・リテラシー質問票(eHLQ)などの標準尺度に、 予約・同意・設定といった実技課題および行動KPI(歩数・受診完了・安全等)を組み合わせ、四半期の Plan-Do-Study-Act(PDSA)サイクルで運用する。 応用例としてゴルフを入口にDHLを育てる取り組みを示し、「好き×やさしい設計」により誰一人取り残さないデジタル社会の実現可能性を論じる。

将来世代のためのデジタル情報の活用とデジタルヘルスリテラシー

桂川 直樹 1)2)、木皿 楓子 1)

1)特定非営利活動法人こどもたちのこどもたちのこどもたちのために(略称:NPOこどこど)
2)順天堂大学 難病の診断と治療研究センター

デジタル技術の進展により、ゲノム情報や健康診断データなどの個人関連データを活用した個別化予防が現実のものとなりつつある。 一方で、情報の高度化に伴い、個人がそれらを理解し行動変容につなげるためのデジタルヘルスリテラシーの重要性が高まっている。 本研究では、遺伝学的検査、疾病リスク予測AI、スマートフォンアプリ、および保健師による伴走型支援を組み合わせた個別化予防介入を実施し、ヘルスリテラシーおよび生活習慣病リスクへの影響を検討した。 倫理審査委員会の承認(2025年5月13日)を得て、成人19名を対象に約2か月間の介入研究を行った。 その結果、ヘルスリテラシーに関する理解度は多くの参加者で向上し、AIにより予測された5項目の生活習慣病リスクは平均2.5%低下した。 小規模研究であり一般化には限界があるものの、デジタル情報と人的支援を適切に組み合わせることで、主体性を尊重した行動変容を促進できる可能性が示唆された。

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