日本ヘルスコミュニケーション学会雑誌
第15巻 第1号

第15回日本ヘルスコミュニケーション学会報告

原発事故・コロナで見られた未知なる不安への対応

田巻 倫明1)、渡邊 清高2)、中山 千尋3)、 中村菜々子4)

1)福島県立医科大学 医学部 健康リスクコミュニケーション学講座、2)帝京大学 医学部 内科学講座、3)福島県立医科大学 医学部 公衆衛生学講座、4)中央大学 文学部 心理学専攻

2011 年の東京電力福島第一原子力発電所事故の後、多くの市民は様々な情報に振り回され、放射線被ばくによる不安が高まった。急性期を経て、低線量被ばくによる健康への影響への対応には息の長い取り組みを要する。12 年以上を経た 2023 年時点においてなお、処理水に関する適切な情報発信と対話は、災害からの復興プロセスにおいて重要である。一方、2020 年初頭から世界規模で拡大した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の流行は、多くの市民にとって「未知なる不安」を現実のものとして体感させ、予防、ワクチン接種、治療などにおいて刻々と変化する感染状況に応じた対応を迫るものになった。2023 年 10 月に、第 15 回日本ヘルスコミュニケーション学会学術集会シンポジウムにおいて、「原発事故・コロナで見られた未知なる不安への対応」をテーマにシンポジウムを開催した。リスクコミュニケーションやメディアリテラシー、情報の信頼性を評価し質を向上する取り組み、そしてリスク認知の視点で、未知なる不安への対応においてみられた課題と可能性について議論した。

新型コロナウイルス感染症、そして、今後の健康リスク

加藤美生1)、坪倉正治2)、横田理恵3)、宮脇梨奈4)

1) 国立感染症研究所感染症危機管理研究センター、2)福島県立医科大学放射線健康管理学講座、3)東京大学大学院医学系研究科医療コミュニケーション学分野、4)明治大学文学部

新型コロナウイルス感染症パンデミックはインフォデミックという大きな試練を健康危機管理対応者に与えた。インフォデミックとは、健康危機発生時にデジタルメディア環境やオフラインのメディア環境において、正しい情報だけでなく誤情報や偽情報、噂、誤解を招くような情報を含む、様々な情報が大量に流れる状態を指す。本シンポジウムでは、インフォデミック・マネジメントに関して、3 名の研究者が話題提供を行った。医療専門家の実体験による新型コロナウイルス感染症パンデミックと福島原発事故のリスクコミュニケーションにおける類似点の紹介、妊孕性に関するライフスタイル因子のマスメディアによる情報発信、市民のデジタル・ヘルスリテラシーの健康への影響が紹介された。デジタル化の発展、特に SNS やインターネットの利用拡大により、情報がより迅速にボーダーレスに拡散される現代のリスクコミュニケーションに関して、多様なステークホルダーの視点で討論することができた。そして、既知のリスクだけでなく、評価が変わるようなリスク、未知の健康リスクのコミュニケーションで求められるインフォデミック・マネジメントへの示唆を共有することができた。

書籍紹介:2023 年度ヘルスコミュニケーション学関連学会優秀書籍賞受賞
中山和弘 著『これからのヘルスリテラシー 健康を決める力』

中山和弘

聖路加国際大学大学院看護学研究科

学術論文

健康の地域格差と、ヘルスリテラシー、生活習慣および主観的健康観との関連 -高校生の保護者を対象として

笠原美香 1)、吉池信男 1)、大西基喜 1)

1)青森県立保健大学

背景:日本国内の平均寿命の地域格差が課題となっている。本研究では、平均寿命が異なる地域における、ヘルスリテラシー(HL)と生活習慣(喫煙、運動、飲酒、体重管理)および主観的健康感との関連を明らかにすることを目的とする。方法:最長命地域(B 県、C 県)と最短命地域(A 県)の高校生の保護者を対象に 2018 年 7 月、自記式質問紙調査による横断研究を行った。調査項目は、HL 尺度(Communicative and Critical Health Literacy 及び 14-itrem Health Literacy Scale)、生活習慣(喫煙、運動、飲酒、体重管理)、主観的健康感である。結果:2 つの HL 尺度と地域との間、並びに HL と生活習慣(喫煙、運動、飲酒)との間には有意な関連が認められなかった。一方、生活習慣は地域間で有意な差があり、生活習慣が地域の健康格差の背景要因となっている可能性が示唆された。

知的障害者向けの医療情報の平易化に関する実践
―「大腸がん わかりやすい版」作成過程および汎用可能性―

打浪文子1)2)、羽山慎亮2)3)、八巻知香子3)

1)立正大学社会福祉学部、2)一般社団法人スローコミュニケーション、3)国立がん研究センター

障害者への合理的配慮として、その人に適したかたちでの情報提供やコミュニケーション支援は必務である。本稿では、知的障害者への医療情報の提供に資するため、大腸がんについての一般向け冊子をもとにしたがん情報の知的障害者向け「わかりやすい版」の試作と活用可能性の検討にかかわる一連の実践を報告した。「わかりやすい版」の作成過程を通して、医療情報の「わかりやすい版」作成のプロセスの知見と課題を明らかにした。あわせて、完成した「わかりやすい版」をがん相談等の現場で使用してもらい、その際の患者らの反応や今後の活用などについて医療機関従事者にインタビューを行うことで、がん情報の「わかりやすい版」の今後の汎用可能性について検討した。がん情報の「わかりやすい版」作成におけるプロセスの詳細より、他のがん種や疾患の「わかりやすい版」作成にも応用できる具体的な知見が抽出された。また、本研究で作成された「大腸がん わかりやすい版」は、文章全体としておおむね当事者にわかりやすいものとなっていたこと、特にイラストなどの視覚的配慮に理解促進の効果が見られることが推察された。さらに、「大腸がん わかりやすい版」はろう者や認知症患者、あるいは障害のない人にとってもわかりやすいものである可能性、そしてさまざまな人に幅広く有用となる可能性が示唆された。

企画

【ヘルスコミュニケーションを学べる大学・研究機関紹介】

東京大学大学院 医学研究科 医療コミュニケーション学分野
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